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第6章「もうひとつの3棟プロジェクト プリマ穂の香」

2009年10月に横浜市金沢区にある賃貸不動産会社から1人のアパート経営者を紹介されました。既に100室近くの収益不動産を持つK氏です。K氏は先代からのアパート経営者で、いわゆる二代目大家さんです。K氏は父親から相続した同じ敷地に建つ築30年を過ぎた木造アパート2棟を建て替える計画を持っていました。私がK氏を紹介された当時、K氏は既に大手ハウスメーカー数社と建替えについて交渉中でした。その際にK氏が受け取ったプランはみな同じファミリータイプの2DKプランでした。K氏の計画地は京浜急行の金沢文庫駅から徒歩で20分近くかかる所にあったので、近くに大学も大きな会社もなく、単身者用物件では入居者の募集が困難であるというのが大手ハウスメーカーの見解でした。

しかしながら、自身が所有する物件のバランスを考えても、この度の計画は単身者用の物件にしたいと言うのがK氏の意向でした。実はK氏が父親から相続したアパートの多くが2DKのアパートでした。ファミリータイプだからと言って、入居率が特に高い訳でもない、逆に退去があれば、次の入居者が決まるまで時間がかかる、入退去の際のリフォーム工事費が高額になる等、ファミリータイプのアパートのデメリットをK氏は身をもって認識していたのです。また、K氏の計画地の近隣では2000万円も出せば築10年程度の3LDKの中古マンションが買えます。フラット35で住宅ローンを組めば、ボーナス払いなしの月々返済が6万円、K氏が大手から受け取った2DKプランの想定家賃が8~9万円、安定収入のある人なら、借りて家賃を払うより買ってローンの返済をする方が住居費は安くすみます。今後、中古マンションの価格は益々の下落が予想されます。K氏は分譲マンションに比べ、面積が狭く、明らかに居住性が劣るファミリータイプのアパートでは長期収益が見込めないと思い、一時は物件の売却も考えたと、後に私はK氏から話しを聞きました。悩んだ末に、K氏は懇意にしている賃貸不動産会社に相談したところ、K氏にプリマのカタログが渡されたのです。

渡されたカタログを見て、K氏は戸惑ったそうです。もともと大手ハウスメーカーからは単身者用物件の計画では入居者の募集が困難であると言われているのに、渡されたカタログは単身女性専用アパート、プリマのカタログです。女性専用では尚更、集客の見込みがないと思うのが一般的な見解です。しかし、K氏はカタログに載っているプリマに驚きます。これまでに見たことがないヨーロッパテイストのアパートらしくない外観、オートロック、シーリングファンが回る吹抜け、そして広いロフト。K氏にとって、プリマのどれもが新鮮で、アパートとして常識外でした。今回の計画地にプリマを建てるかどうかより、アパート経営者として、プリマそれ自体に興味を持ったK氏はプリマのモデルルームを見学したいとカタログを貰った賃貸不動産業者に連絡を入れます。そして、スターホームの私が紹介を受けたのです。後日、プリマ参番館のモデルルームで私はK氏と初めてお会いしました。K氏は実物のプリマに感銘を受け、プリマには計画地の単身用物件として不利な地理的条件に決して負けない魅力があるとK氏は確信します。また、K氏と私が共に昭和39年生まれであることでも意気投合し、私はその場でK氏からプリマでの建替えプランと収支計画書を作成する依頼を受けました。

K氏の計画地は約200坪ありました。私はその敷地に女性専用プリマ3棟20戸のプランを作成しました。2棟16戸は単身女性専用のプリマです。そして、1棟4戸は新企画のプリマです。K氏は見学したプリマ参番館と同じモデルプランで3棟24戸を希望されました。確かに敷地面積は、建蔽率と容積率では3棟24戸でも十分にあったのですが、計画地は高低差がある台形の敷地で、同じプラン3棟では各棟をうまく配置できません。私は1棟4戸の間口が広く、奥行きの短いプランを新たに作成しました。3棟をV字に配棟し、その間にパティオを設けました。新たに作成したプランは専有面積が30m²、ロフト面積が15m²、合計で45m²ある余裕の間取りです。

面積の広さだけでなく、このプランには新たな試みがありました。ロフトへの昇降に一般住宅用の固定された階段を設置したのです。通常のプリマでは取り外し可能な急な梯子でロフトへ出入りします。プリマでは入居者の多くがロフトを収納スペースとしてだけでなく、ベッドを置き、寝室として利用します。ロフト梯子を緩やかにして欲しい、階段をつけて欲しいという要望が少なからぬ入居者からありました。固定階段が便利であることは私もよく理解していたのですが、通常の1棟8戸のモデルプランでは、各室の専有面積22m²の中で、部屋の中に階段を作れば居室面積が狭くなり、プリマの魅力である対面キッチンが設けられなくなります。これまでは階段よりも部屋の広さを優先して来たのです。そもそも、初期のプリマの多くが建っている横須賀市では、ロフトへの固定された階段を設置すること自体が建築基準法の運用規定で許されていませんでした。階段を作りたくても、作れなかったのです。K氏に提案した新企画のプランでは部屋の中に階段を作っても居室面積に余裕があるのと、計画地のある横浜市ではロフトへの昇降に階段を設置することが市の規定で許されていたのです。またこのプランは2人が同居するのに十分な広さがあり、単身女性専用のプリマが新婚夫婦、同棲カップルまで入庫者の対象を広げることが可能となります。全体戸数を24戸から20戸に減らすことにより、収支計画の利回りが多少落ちたのですが、K氏はランドスケープを考慮した物件全体計画での美しさと、タイプの違う部屋を作ることにより収支が安定することに満足され、快く私の提案を受け入れてくれました。2009年12月にK氏と請負契約を締結し、年明けから建替えるアパートに住む入居者と立退き交渉を始めました。退去手続きには半年を要し、K氏の物件は2010年8月に着工しました。

着工後、K氏と20室ある部屋のコーディネートと外構工事の打合せを重ねながら、工事は順調に進行し、2011年2月に竣工します。竣工直前にアパートの正式名称が決定しました。プリマガーデン穂の香壱番館、弐番館、参番館です。実はK氏の父が以前のアパートは建てるまで、アパートの敷地は稲穂が実る田圃だったのです。K氏は幼少の頃、父のアパートが建つ前の田圃でトンボを追って遊んだそうです。プリマの外装で使った石の色が稲穂の色と同じ色で、K氏は新しく建ち上がったアパートを見てそのことを思い出します。そして、自身のアパートに付けた名前がプリマガーデン穂の香。K氏から思いのこもった素晴らしい名前を頂いたプリマガーデン穂の香は私がこれまで企画したプリマの傑作となり、その不利な地理的条件にもかかわらず、竣工前に全室の契約が完了しました。

プリマガーデン穂の香はK氏と物件の打合せを始めてから引渡しを終えるまで1年半を要した長期プロジェクトです。その間、私は数十回とK氏と打合せを重ね、飲食を共にし、工事が始まる直前の夏休みにはお互いの家族を同伴して沖縄旅行に出かけました。物件の引渡し後も、私はK氏と月に1度は食事をし、仕事のことだけでなく、読んだ本や見た映画等の情報交換をします。家族同士の交流もあります。K氏と私は同じ時代を生き、共通する感性を持っています。タイプは違いますが、2人は同じ年齢の40代のアパート経営者です。K氏は二代目の大家さん、私は賃貸経営を土地の仕入れから始めた事業投資家です。共にプリマのオーナーで、満室経営、世間的にはいわゆる成功大家さんです。そして、その物件の入居者は女性を中心にした20代の世代です。思い返せば、以前に建てたプリマのオーナーの八割以上が40代でした。閉塞感のある現状の賃貸住宅市場を打開する図式のひとつがここにあります。40代の大家が20代の入居者に提供する新しい概念の賃貸住宅、そのひとつがプリマなのです。

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