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第1章「次世代型集合住宅プリマの誕生」

神奈川県横須賀市安浦町3丁目、商業地域、京浜急行本線の県立大学駅から徒歩5分、敷地面積115m²、借地権付き建物、価格1,250万円、建築条件なしの住宅用地としてH不動産 のT氏が私の勤めるスターホームの事務所に持って来た一枚の物件資料から次世代型集合住宅プリマの物語が始まりました。前面道路の幅員が2.5m、軽自動車がかろうじて入れる古家付きの借地です。注文住宅用地として販売するのは難しい物件でしたが、販売資料にある付近図を見れば、そのすぐ近くに大学がありました。2005年に開校したばかりの神奈川県立福祉大学です。以前からアパート経営に興味を持っていた私は、この土地に学生用のアパートを建てれば、事業性があるのではないかと思い、早速、事務机に向かい建築用のプラン用紙に敷地図を落として、ワンルームアパートのプランニングを始めました。

偶然ですが、その1 ケ月ほど前に私はスターホームの星社長の知り合いで、会社経営者のM氏からの案件、この物件と同じ安浦町3丁目にある別の物件で、新築アパートの計画を立てていました。土地面積も今回の物件とほぼ同じ、用途地域も同じ商業地域での計画でした。その計画の際に私は日本のアパートでは一般的に外部にある共用階段と廊下を建物の内部に配置するツーバイフォー構造、木造2階建てのアパートを提案していました。そのプランをベースに、各階に専有面積18m²のワンルー ムを4室配置し、2階建てで合計8室のアパート計画を作成しました。

近隣の単身者用物件の家賃相場は月額で約6万円、8室では月の家賃収入が48万円、年収で576万円です。借地を1000万円で交渉すれば、建物3200万円、解体工事と仲介手数料、建替え承諾料、税金等の諸費用が500万円、総予算で4700万円となります。諸費用込みの利回りで12.25%、借地とはいえ土地代込みの新築収益物件としては高い利回りです。早速、T氏に物件を買い付けの連絡を入れ、こちらからの希望金額でその一週間後に契約しました。当時、私はスターホームに転職してまだ一年足らず、建築資金にアパートローンが使えるかどうか分からず、契約にはローンが通らない場合は、白紙解約できる特約を付けての契約でした。契約後すぐに、その物件の売主から紹介を受けた地元の信用金庫に融資の申込みをしました。

私がこの物件を契約したのは2007年3月、アメリカに発したサブプライムローン問題が世界規模の金融危機に発展する半年前です。当事、日経平均は17,000円を前後していました。契約した借地権は登記される権利ではありません。抵当権の設定ができず、一般的に借地の購入には金融機関からの融資が受けられません。私は物件の決済資金のために、当時所有していた株を2007年4月に全株売却しました。もし、契約した物件との出会いが半年でも遅れていれば、自己資金が不足して、私はこの物件を購入することができませんでした。そしてプリマが世に現れることもありませんでした。その時に売却した株の株価は、その後すべてが半額以下になります。

心配していたアパートローンは申込みから2 週間後、融資が決定しました。その後、地主との打合せ、借地人の名義変更の手続きも順調に進みましたが、現場での境界確認の際に、道路の半分が敷地面積に含まれていたこたが判明します。建物を建てられる有効敷地の面積が10m²、奥行きが1.25m減少しました。契約時の重要事項説明の間違いを理由に、解約することもできたのですが、アパートローンの融資承認が下り、株の売却も済ませていたので、解約する気にはなれませんでした。計画していたアパートのプランを変更することにしました。

有効敷地が減少した分、各室の専有面積を16m²まで減らし、バルコニーと物入れを取り止めました。それで、何とか元の計画通り、ワンルーム8室を確保しました。バルコニーがなくなり、洗濯物を外に干せなくなったので、ユニットバスに換気乾燥機を設置しました。なくなった物入れの代わりに、収納スペースとして1階、2階共にロフトを設置しました。その結果、出来上がったプランがプリマの基本構造となります。外部に階段も、廊下も、バルコニーもない真四角、総二階建て、建築物としては最も単純な構造で す。躯体に余分な費用がかからず、耐震性に優れています。将来的に発生する建物のメンテナンス費も削減できる経済的にも合理的なプランです。そしてプリマ には2階だけでなく、1階の部屋にもロフトがあります。最初の物件の有効敷地が減少したことにより、プリマの基本構造が決定されたのです。

物件近くの大学には女子学生が多く、妻からの提案で、入居者を単身女性に限定し、オートロックの共用玄関を設け、セキュリティーを強化しました。入居者の 健康にも配慮し、一般のアパートとの差別化も図るために、床にはサクラの無垢材を、ドア等の造作材にはヘムロックの無垢材を、内部で使う材料は可能な限り無垢の輸入建材を使用しました。建物のファサードとなる道路に面する外壁にも、ストーン、モールディング、漆喰等の輸入材を使いました。輸入建材はデザインが優れていますが、一般的に価格が高く、収益を優先するアパートの建物に普通に使える材料ではありません。実は、スターホームに転職する前、私は大手商社系列の輸入建材販売会社に10年近く勤務していました。その時の経験、海外メーカーとのコネクションにより、私は輸入建材に詳しく、また誰よりも安く輸入建材を仕入れることができたのです。プリマに輸入建材が数多く使われているのには、私のそんな個人的な理由があります。

アパートの名称は最後まで悩みましたが、竣工の直前にプリマ(PRIMA) 壱番館と決めました。PRIMAはフランス語で最初の、イタリア語では最高のという意味です。私にとって、最初にして最高のアパート、初めての一人暮らし を始める女性にとっても、最初にして最高のアパート、プリマ。言葉の響きもいい名前です。この時、既に2棟目のプリマが壱番館と同じ安浦町内で着工してい ました。会社経営者M氏の物件です。この物件も入居者を単身女性に限定する予定でしたので、M氏の承諾を得て、その名称をプリマ弐番館としました。そして2007年10月にその外観からはとてもアパートとは思えないヨーロッパデザインの美しい建物、次世代型集合住宅、プリマ壱番館が誕生しました。

プリマ壱番館は私にとっても、スターホームにとっても初めて施工する集合住宅でした。工事中は界壁、界床、水道配管、電気配線等、一般の住宅とは違う集合住宅独特の納まりを各工程で確認しながらの作業でした。大工さん、各種業者さんとの現場での打合せが多く、建築中はとにかく建てることに精一杯で、入居者の募集、その後の物件管理をどうするかは竣工直前まで決めていませんでした。そんな折、たまたま工事中の現場を見た大手賃貸不動産会社A社の社員N氏から入居希望者を紹介したいとの連絡があり、その会社に入居者募集の仲介業務を専任でお願いしました。そして物件管理は自主管理で行うことに決めました。

A社から最初に紹介された入居希望者は近くの会社に勤める22歳のOLでした。私はプリマの鍵を持って、玄関の前で待っていたのですが、A社の女性社員に案内され、細い路地に入り、プリマを見た瞬間、彼女は、ワァー、かわいい、ディズニーランドにある建物みたいと言って、内見後すぐに1階の103号室に入居の申込みを入れてくれました。記念すべきプリマ初の入居者が決まりました。その時の彼女の言葉がその後のプリマの方向性を決定しました。オーナーは収益 を、建築会社は生産効率を追求してきた日本の賃貸住宅において全く無視されてきた要因、建物の外観デザインが今後のアパート経営において、特に女性専用の物件において如何に重要な要因となるかということを、彼女の言葉が私に確信させてくれたのです。

最初の入居者は決まったのですが、その後が続きません。10 月という人の動きがない時期に竣工したので、すぐ満室になるとは思っていませんでしたが、翌月からはアパートローンの返済が始まります。地主さんに支払う地代、ケーブルテレビの使用料、共用部の電気代金等を合わせて、プリマ壱番館の月々の出費は約23万円です。1室の家賃は平均6万円、4室は契約しないと、収支がマイナスになります。ローンの返済に不足する分は預金からの持ち出しです。実は当時、手持ちの預金は全額、アパートローンの対象とならない諸費用の支払いに充てていました。個人年金、生命保険は解約し、預金は底を付いていました。日々の生活費にも窮する経済状況だったのです。何とか早く空室を埋めたい思いで、私は分譲マンションにあるようなモデルルームをプリマの一室に設けることを思い付きました。

早速、休日に妻と二人の子供を連れ、当時、開店したばかりのイケアの港北店に出向き、ソファー、テーブル、チェアー、カーテン、マットレス等、モデルルームに置く家具を予算約10 万円で購入しました。後日、購入した家具をプリマ壱番館の102号室に配置し、壁に掛ける絵や棚に置く本やCD、観葉植物や小物は自宅にあった物を持ち出 し、プリマで最初のモデルルームができあがりました。プリマの居室は天井高が3.6mもある開放的な空間です。天井にはリゾートホテルにあるようなシーリ ングファンを付いていますが、それだけでは少し寂しい感じがします。その部屋に家具を置くことにより、女性が住みたくなる素敵な部屋になりました。

モデルルームの効果は抜群でした。数は少なかったのですが、A 社の担当者に案内された入居希望者のほぼ全員から入居の申込みを受け、年内に7室の契約が決まりました。これで、アパートローンの支払に危惧することはな くなりました。実は、年内に全室契約も可能だったのですが、同じ町内にある工事中のプリマ弐番館の竣工が年明けの2008年3月に控えていて、弐番館の入 居希望者も案内できるように、モデルルームのある102号室の入居開始日を年明けの4月1日としたのです。そのために、102号室は年内に契約が決まりませんでした。その部屋も2月になって、県立大学の新入生で決まりました。プリマの最初の物件、プリマ壱番館が無事、満室となりました。そして別棟にモデルルームのあったプリマ弐番館は竣工前に全室の入居申込みを受け、3月20日に竣工、4月初旬には全室の契約が終わりました。次世代型集合住宅プリマの事業 が予想していたより順調にスタートしました。

最初にプリマを企画し、そのオーナーになったのは確かに私なのですが、プリマは私が考案したというより、ある意味、偶然に生まれた集合住宅です。敷地は積極的に探した物件ではなく、たまたまT 氏が持ってきた売れ残りの物件です。最初に屋内階段、屋内廊下を要望したのはプリマ弐番館のオーナー会社経営者のM氏です。バルコニーをなくしたのは、敷地が狭くなり、道路斜線と有効採光の制限で、取りたくても取れなかったからです。女性専用にしてオートロックを設置したのは妻からの提案。ロフトを設置したのは、最初の物件の専有面積が16m²しかなく、あまりに狭く、物入れが取れなったからです。その後、プリマのロフトは寝室として使える空間へと発展しますが、最初はあくまでも収納スペースとしての計画でした。 1階の3.6mもある高い天井は法的にロフトが取れない余った空間です。偶然が、私の周りの人の意見が、敷地に与えられた厳しい条件が、そして女性が安心 して暮らせる賃貸住宅を必要とする社会的要望が、私という非力な人間を介し、スターホームという工務店を舞台に、世に生み出したのが次世代型集合住宅プリマなのです。

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